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川口ユディ氏の発言抜粋(1)

十七年くらい前、シカゴの大学に留学しているときに、たくさんの日本人留学生に会ったんです。けれどその人たちはみんな日本に対する誇りがなかった。日本は不思議な国だと思いましたね。大学にはアメリカ人、メキシコ人、ブラジル人、セネガル人、いろんな国の人がいたけど、みんな自分の国が好きでしたよ。

私も「ハンガリー素晴らしい」って、いつもPRしてた。日本人だけしないの。そんなとき主人に会ったんです。彼はそれまでに会った日本人とは正反対で「日本は世界一だよ」って言ったんです。彼のことを好きになって、日本に来て、私も「日本、最高!」と思った。

彼はすばらしい先生だった。まず自分の国の歴史を知らないとPRできないですね。だから彼は一般の日本人より、すごく歴史を勉強していました。それも誇りもつべき歴史。戦後教育の日本人は大体の場合、日本の歴史知らないですよね。私もハンガリー生まれだからそういう左翼系の教育に敏感です。主人以外の日本人に会うたび、「あれ?日本は社会主義かな」と思ってた。ハンガリーの教育もソ連(当時)でしょ、だからダメ。歴史は親とかおじいちゃんおばあちゃんから勉強しました。ハンガリー人はそういう人多いから、学校で教える歴史は嘘だってみんな知っている。

日本に来て、テレビを見てびっくりしました。日本人が作っている番組とは思えなかった。「これ、中国が作っているの?」そう思いましたよ。それくらいアンチ日本に感じた。ハンガリー人の知人が来日したとき、同じこと言っていた。NHKの子供向け番組で「日本人にはユーモアがない」みたいなことをやっていたって。「なんでわざわざ番組まで作って、子供にそんなこと教えるんだ?」って。新聞もそうでしょう。その日本のメディアが海外に向けても情報発信するんだから、日本のイメージがダウンするのは当然ね。

二〇〇三年に私、ハンガリーのとても有名な経済雑誌で南京大虐殺についての記事を書いたんです。「南京大虐殺を日本人の目で検証しましょう」みたいな内容で、実際に当時、南京にいた人に取材もして、アイリス・チャンの言っていることとの矛盾点などを指摘したんです。その記事が出た次の日、誰が文句言ってきたと思いますか?日本の外務省ですよ。編集長に「あなた、何をやっている?この川口ユディはどんな人物ですか?日本でも知られている経済雑誌で、こういう話はやめてちょうだい」(笑)

川口ユディ氏の発言抜粋(2)

あとやっぱり自衛隊に対する日本人の意識が問題。この国守れる人は自衛隊だけ。なのに、日本の国民全体、自衛隊のこと尊敬してないでしょ。もっともっと尊敬しないといけない。世界中、どこの国でも軍隊は尊敬されてますよ。

毎日、東京歩いていて、こんな素晴らしい街は世界で他にないと思っちゃう。発展していて安全。電車は時間通りに来るし。それが当たり前になっているって素晴らしいことですよ。そんな国、どこにもないですよ。その素晴らしい日本をどうやって作ってきたのかを教えるべきです。それをうまく教えられれば日本は変わると思います。

グローバルスタンダードなんていらないですよね。たとえば、日本の植民地統治のことをもっと教えるべきですよ。西欧諸国に支配されているところへ日本の軍隊が入っていって、いっぱい追い返したでしょう。西欧諸国にとっての植民地は利益を搾取するところ。日本は違う。日本は逆にその国にいっぱいお金出しました。今、世界で発展しているアジアの国は日本が統治していた国ですよ。フランス、ポルトガル、イギリスが統治していた国は今も発展してない。今も貧乏。この点だけでも日本人、誇りもつべきだと思う。

私、アメリカに行ったときに植民地支配のやり方勉強したの。日本以外はすごいひどいでしょ。「戦争で日本はひどいことした」なんて、どの国にも言われたくない。日本人、そんな言葉、信じちゃいけないですよ。だから、もうちょっと日本の素晴らしい歴史をPRするべきね。それが日本人、超下手ですよ。自己PRできない。もちろん、それまた日本人の美徳なんですけれども。だから、そこに私の仕事あると思う。アイ・ラブ・ジャパンな外国人だからできること。

川口ユディ氏の発言抜粋(3)

今、全世界で日本のこと大好きな若者いっぱいいるでしょう。アニメや漫画から入っちゃって、ああいう人たちにうまく教えたらもっと日本好きになるよ。そういう外人集めれば変わると思う。今度、フランス人の女性記者を靖国神社に案内するんです。私が『ジャパンタイムズ』のウェブサイトに載せた特攻隊の記事を読んで、「感動した。ぜひ取材したい」と頼まれたんです。元特攻隊員の人からの話を聞く番組を作りたくて、いろいろ頑張ったんですよ、私。

NHKも民放もみんな断られました。ウェブサイトに載せるしかない。生きている歴史でしょう。今、その言葉を受け継がないと、日本の財産なくなってしまう。本当に日本に感謝している国たくさんあります。私の友人のセネガル人の友達に、主人を紹介したとき、すごく喜んで「私たち日本人にお世話になったよ。日露戦争で白人に勝ったのを見て、すごく励まされた。 アフリカのフリーダムを勝ち取ろうと思えた。私、日本大好きよ」って言ったの。

ハンガリーでも学校では、嘘の歴史を教える。でもみんなそれを知っているの。日本のほうが骨抜きにされてます。私もNHK国際放送で番組二百本くらい作りました。でも一緒に働いているスタッフで日本の歴史をきちんと知っている人はいなかった。左翼的なことを言うけど、ちゃんとした思想があるからじゃない。アメリカなんかに留学していた人を多く雇っているんだけど、見ていると「日本の大学に入れないからアメリカに行っちゃったのかな」と思っちゃう人が多かった。ああいう人たちだと、なかなかいい番組できない。

日本の国民はそんなに頭悪くないのに、メディアは頭悪いですね。だから国民が感じることがテレビなんか見ていても出てこない。


この写真をご覧下さい。これは、南京市民と日本軍との触れ合いの場面です。東京裁判で、日本軍は南京で30万人を虐殺したとされましたが、資料と状況証拠で検証され、それは嘘だという事が今日では明らかになっています。

2008年12月17日の産経新聞にも掲載されていますが、中国の南京記念館において、当時の写真が捏造されたものだとして、中国側が数枚の写真を撤去しているのです。

南京事件を語る時、戦時国際法、ハーグ陸戦法規と中国の同盟国であった、アメリカの日本に対する戦争犯罪を検証する必要があります。国際法では、戦時において兵士と兵士が殺し合う事を認めています。しかし、民間人に対する虐殺や民間の建物の破壊等は禁止されています。アメリカは、日本戦国に対する空襲で日本の民間人を大虐殺しました。中でも世界中から非難されている事は、広島、長崎に対する原爆投下です。全国へ対する空襲を抜きにして、原爆投下だけで日本の民間人は、約30万人以上が虐殺されました。そこで、東京裁判において、戦勝国アメリカの戦争犯罪を隠すべく中国と手を組み、南京でも日本軍は30万人殺した事にしたのです。

南京は、東京の世田谷区程度の面積で壁に囲まれた城塞都市でした。日本軍は戦闘を回避して無血入城すべく、中国国民党政府へ打診していました。それにより、1937年11月の南京侵攻前に、富裕階級は南京を脱出しています。蒋介石も南京を放棄し、政府機関は撤退しています。南京城外では、蒋介石による清野作戦により無人状態でした。
1937年12月21日に国際委員会のアメリカ人教授、ぺイツが日本大使館にあてた手紙には、南京の人口は20万人と書いてあります。その他、南京にいた外国人の資料で検証しても、当時の南京には、20万人しかいなかった筈です。20万人しかいない所で30万人を虐殺できる筈はありません。
南京に残った市民は、南京中心部の難民区非難しています。安全区委員会も市民のほとんどが難民区に避難したと記しています。当時の南京には、外国人もいて証言しています。国際法に基づき、戦闘員同士の戦闘は行われても、民間人を巻き込んだ戦闘は行われず、南京にいた外国人記者等からも、民間人を虐殺した事を目撃した人はいないのです。


これは、南京で捕虜になった中国兵の写真です。蒋介石が南京から逃げて、中国兵からすると、殺し合うより、捕虜になった方がいいと考えたでしょう。まして、一人の日本兵が大勢の中国兵を誘導する行為こそが、中国兵の意思の表れでしょう。


実際、捕虜となった中国兵が怪我をしていたのであれば、野戦病院で衛生隊が手厚く治療し、看護しているのです。

このように、日本側だけの資料ではなく、当時の敵国側の資料からも、南京事件が捏造されたものだと証明されています。1937年12月21日に国際委員会のアメリカ人教授、ぺイツが日本大使館にあてた手紙には、南京の人口は20万人と書いてあります。その他、南京にいた外国人の資料で検証しても、当時の南京には、20万人しかいなかった筈です。20万人しかいない所で30万人を虐殺できる筈はありません。


1938年1月28日付けで、ドイツ人のジョン・ラーベの文書には、南京の総人口は30万人と記されています。ジョン・ラーベは、蒋介石政権に武器を売り利益を得ていた、軍事産業ジーメンスの南京市局長です。つまり、親中反日的な人物です。その彼の資料をもってしても、南京事件後に人口は30万人になっていると記しています。日本軍侵攻の際、南京を脱出した中国人が、南京で虐殺があったとしたのであれば、1ヶ月で10万人も人口が増えるはずはありません。


良民証交付の様子


1937年12月13日、南京陥落の日、入場する日本軍を拍手で迎える南京市民。撮影は、当時の敵国アメリカのパラマウント・ニュース映画カメラマン。


南京入場の際、拍手で迎える南京市民。こちらも、パラマウント・ニュースより。


1937年12月15日、毎日新聞、佐藤振壽さん撮影。南京占領後、難民区に早くもたくさんの食べ物屋が並ぶようになりました。


1937年12月16日、毎日新聞、佐藤振壽さん撮影。大人も子供も白い布に赤丸の布を縫い付けた日の丸の腕章をしています。


日本軍侵攻後の南京で、爆竹で遊ぶ子供達。

日本軍が南京に侵攻して、わずか1ヶ月で南京の人口は、10万人増えた。南京で虐殺などがあったのならば、短期間でそれほどの人口が増えるはずはありません。


1937年12月17日、毎日新聞カメラマン、佐藤振壽さん撮影。日本軍から、菓子や煙草の配給を受け、喜ぶ南京市民。


1937年12月19日、朝日新聞記者、上野さん撮影。松島部隊の日本兵と南京の子供。


1937年12月20日、朝日新聞カメラマン、林さん撮影。南京住宅街で日本兵と遊ぶ中国の子供。


南京安全区国際委員会委員、マギー牧師撮影。南京市民は笑顔で、平和の様子が移されています。日本のメディアだけでなく、外国人からも、南京の平和な様子は、資料として残されています。

ツンデレの反対が「にこにこぷん」である可能性に気づいてしまった
Twitter / wdzm (via gearmann)
この前知り合った人から聞いた
岩手17歳女性殺人事件
ウィキで見るとありがちな事件に思えるのだが
その人から教えてもらった「ザ・スクープ」の映像を観ると
登場人物も背景も事件の不可解さもすべて、こういう言い方はなんだが
松本清張ばりの「超一級のミステリー」として成立している。
これが全て事実かと思うと観ていて何度も鳥肌が立ちました。

以下↓、そのユーチューブ映像を貼っておきます。
①を観始めたら止まらなくなります。
全部で40分くらいあるのでその時間がある時に観ることをお勧めします。

http://youtu.be/foeuItOKx2o
http://youtu.be/a8jZafg0axI
http://youtu.be/PHuwfq7eDuk
http://youtu.be/oZCvvkGIlXc
http://youtu.be/tvKMLD4ya2I

「二人の斉藤梢」「地元の先輩」「日本刀を口に突っ込んで」「断崖絶壁」「白いジャージ」「プリクラ」「緊迫した内容なのに絵文字だらけのメール」・・・キーワードとディテールが【事実は小説よりなんちゃら】って言葉では収まりきらないほど、こういう言い方はなんですが・・・よくできてる・・としか言い様がない。

そして4年前に起きたこの事件、さらにゾッとするのは
事件を追っていた元警察・黒木昭雄さんが不可解な死を遂げていること、
なぜか指名手配の懸賞金が300万に増額されていること、

そして事件の舞台となった地域のほとんどが震災・津波の被害にあって・・・
nihongo:


ブログ名:Noah’s ART Gallery最初の投稿:2011年11月16日
ミウラタカオさんは、ニュージーランドのマオリアートなどに影響を受けたイラストレーター・デザイナーです。トライバルな幾何学模様やポップなイラスト、そして上の画像のようなポップさと緻密さを同居させた作品には、描き込みの凄まじさとは裏腹に温かく、明るい印象を受けます。
作品の公開の場はTumblrに限らず、Ustreamでのお絵かきライブなども行なっているようです。是非彼のTumblrブログから、その作品の一部をご覧ください。

nihongo:

ブログ名Noah’s ART Gallery
最初の投稿:2011年11月16日

ミウラタカオさんは、ニュージーランドのマオリアートなどに影響を受けたイラストレーター・デザイナーです。トライバルな幾何学模様やポップなイラスト、そして上の画像のようなポップさと緻密さを同居させた作品には、描き込みの凄まじさとは裏腹に温かく、明るい印象を受けます。

作品の公開の場はTumblrに限らず、Ustreamでのお絵かきライブなども行なっているようです。是非彼のTumblrブログから、その作品の一部をご覧ください。